前回、「ドパガキ」は強い刺激を追い続け、ショート動画やゲーム、SNSから離れにくくなる状態を表すネット言葉として解説しました。その対になるように話題になっているのが「セロトニンおじさん」、通称セロおじです。朝に日光を浴びて歩き、コーヒーをゆっくり飲み、夜は早めに眠る。派手な刺激より穏やかな暮らしを好む人を指します。セロおじとは何なのか?セロトニンの本当の働き、無理なく取り入れたい習慣を見ていきます。
セロおじは刺激との距離を整える人

セロおじは日光を浴びる、散歩する、読書をする、食事を丁寧にとる、よく眠る。強い快楽を追い続けず、落ち着いた毎日を大切にする大人を表したネット上の呼び名です。
おじさんと付いていますが、現代人の誰もが参考にすべき生き方かもしれません。
通知や短い動画を次々と追う時間から離れ、生活に落ち着きを取り戻したい人なら誰でも参考になる。
ドパガキが「もっと刺激を」と求め続ける状態なら、セロおじは刺激との付き合い方を自分で調整できる人、というイメージです。
「幸せホルモン」だけでは説明できない

セロトニンは脳で神経伝達物質として働きます。一方、体内にあるセロトニンの多くは腸などの末梢にあり、腸の動きにも関わっています。脳と腸の間には血液脳関門があるため、食事でとったセロトニンがそのまま脳へ届くわけではありません。
「セロトニンを増やせば必ず幸せになれる」「不足しているから落ち込む」という説明も単純すぎます。
2022年には、うつ病が脳内セロトニン不足で起きるという説について、一貫した裏付けを確認できなかったとする研究レビューが発表されました。ただし、これだけでセロトニンが気分や治療と無関係になったわけではありません。うつ病には睡眠、環境、ストレス、身体の状態、人間関係などが複雑に関わります。
「幸せホルモン」は覚えやすい言葉です。ただ、人の気分を一つの物質だけで説明することはできません。
参考:末梢と脳のセロトニンに関する研究, UCLによる研究解説
日光と散歩の習慣には意味がある

セロおじの響きは何か大げさですが、セロおじ的生活習慣は現代人には気になる存在です。
朝の光は体内時計を整える手がかりです。日中に光を浴びて活動し、夜は暗い環境で休む。このリズムが睡眠と覚醒の土台になります。
歩く、噛む、呼吸を整えるといった一定のリズムを繰り返す動きは、セロトニン神経の活動との関係が研究されています。
朝に散歩すれば不安や落ち込みがすぐ消えるわけではない。散歩の価値は、外の光を浴び、体を動かし、生活リズムを整えやすくする点にあります。セロおじは一日では完成しません。
参考:光・睡眠・気分の関係を扱ったレビュー, 朝の光と歩行・咀嚼などのリズム運動に関するレビュー
セロおじになるなら、頑張りすぎない

生活を急に完璧に変えようとすると続きません。小さな行動から始めれば十分です。
- 起きたらカーテンを開け、短時間でも外の光を浴びる
- 通勤や買い物の一部を歩く
- 食事中はスマホを置き、よく噛んで食べる
- 寝る前のショート動画をやめ、スマホを手の届かない場所へ置く
- 休日も起床時刻を大きくずらさない
コーヒーをゆっくり飲むこと自体はセロトニンを増やす魔法ではありません。カフェインで寝つきが悪くなる人もいますし、大切なのは気持ちを急かす刺激を減らし、毎日のリズムを徐々に取り戻すことです。
バナナや大豆だけで幸せにはなれない

「セロトニンを増やす食べ物」として、バナナ、大豆製品、乳製品などが紹介されることがあります。これらにはセロトニンの材料となるトリプトファンが含まれています。
特定の食品だけを食べれば、脳内セロトニンが増えて幸せになるわけではありません。脳内のセロトニンは脳の中で作られます。極端な食品やサプリメントに頼るより、主食、主菜、副菜を組み合わせた食事を続ける方が現実的です。
薬を自己判断でやめてはいけない

抗うつ薬などを服用している人は、「セロトニン不足説は単純ではない」という情報だけで、薬を自己判断で減量・中止してはいけません。急な中止は、睡眠の乱れ、吐き気、落ち着かなさなどにつながることがあります。薬への不安や疑問は、処方した医師や薬剤師へ相談してください。
気分の落ち込みが続く、眠れない、仕事や学校に支障が出ている、自分を傷つけたい気持ちがある。このようなときは生活習慣だけで抱え込まず、医療機関や相談窓口につながることが必要です。
目指すのはホルモンではなく整った暮らし

日光を浴びる、少し歩く、食事と睡眠を整える、スマホから離れる時間をつくる。セロおじの魅力は、こうした地味な行動を続け、刺激に振り回されにくい暮らしをつくる点にあります。
前回のドパガキの記事で紹介したスクリーンタイムやデジタルウェルビーイングの設定も役立ちます。通知を減らし、ショート動画を見る時間を決めるだけでも、散歩、食事、睡眠へ意識を向けやすくなります。
「幸せホルモンを増やさなければ」と焦る必要はありません。まずはスマホを置き、外の光を浴びる時間を少し増やす。その積み重ねが、セロおじへの近道なんです。


